2020年1月26日日曜日

アルギンZをもらったはなし

ある日の数十分の出来事を、読んだことのない誰かの真似をして、無駄な修飾を多くして私小説っぽく書いてみました。

それでは、始めます。

削岩機とアルギン酸

削岩機で大きな音をたてながらアスファルトを砕いている橋の右岸の下流側、少し黒ずんだコンクリートの堤防の上から銀色の塗料で塗られた鉄製の階段伝いに河川敷へ降りて行くと、削岩機の爆音が響き渡る橋の下の土手際、コンクリートの前の芝生の上にクーラーボックスやダンボール箱などの雑多な荷物が整然と並び、その間に、テントの中で寝袋の下に敷くような少し厚みのある少し汚れた白っぽい敷物が敷いてある。その敷物の上には、茶色いセーターを着て茶色いサンダルを履いたイマイさんが、タバコを美味しそうに吸いながら膝を抱えるように座っている。
この人、本当はイマイさんではないかもしれないが、僕はこの人はイマイさんに違いないと思ったので、この人はイマイさんなのだ。
僕たちはイマイさんの前をを通るとき
「こんにちは」
と軽く頭を下げ、挨拶をしながら前を通り過ぎたが、削岩機の爆音に遮られ、僕の声はイマイさんには届いていない。イマイさんは美味しそうにタバコを吸っているだけだ。

橋をくぐり、上流側に少し離れた芝生の上で、僕とバイトくんは作業の準備を始めた。
バイトくんは本当はオオカワくんと言うので、アルバイトのオオカワくんと呼んでも良いし、アルバイトくん、オオカワくん、アルバくん、アルオくん、何と呼んでも良いのだが、今日はバイトくんと呼びたいのだ。
準備が終わり、作業を始め、ふとイマイさんのいるあたりを見ると、イマいさんは手に何かを持ち、ニコニコしながら、少しガニ股で茶色いサンダルの踵を引きずる様に、ゆっくりとこちらに歩いてくる。
僕から5メートルほど先にいるバイトくんの元に行ったイマイさんは、バイトくんに何か言っているようだが、橋の上から響いてくる削岩機の轟音にかき消されて何も聞こえてこない。
そしてイマイさんはバイトくんに何かを手渡そうとしているようだが、バイトくんの両手は機械を持って塞がっているので、イマイさんは手に持っていた何かをバイトくんの上着のポケットへ押し込んだのだった。
バイトくんは、ちょっと困ったような顔をしているが、そんなことはお構いなしに、イマイさんは僕の方へやってきた。
「いや、ありがとね」
と言いながら、イマイさんは手に持ったアルギンZを僕に手渡そうとする。しかし僕も野帳と筆記具を持っていて両手が塞がっている。僕は咄嗟に対応できず、筆記具を持っている右手をどうしたものかと上や下に動かしていると、イマイさんは、僕の上着のポケットにアルギンZを押し込み
「うん、ありがとうね」
と言いながら、また荷物の置いてある橋の下へ戻ろうとしている。
「あー、すみません、ありがとうございます!」
僕はイマイさんの背中に声をかける。橋の上からは削岩機の轟音が響き続けている。

イマイさんにとって、僕たちの何がありがたいのかわからないが、河川敷で仕事をしている僕たちは、イマイさんに感謝してもらえたらしい。普段、僕は他の人たちから感謝されるようなことをほとんどしないので(バイトくんはどうだろう?)、イマイさんに感謝されたことは素直に嬉しいのだ。

イマイさんの真上では、削岩機でアスファルトを砕く大きな音が続き、イマイさんのいる空間を爆音で満たしている。
橋から少し離れたところで作業している我々の会話も成り立たないほどなのに、常に爆音で鼓膜を殴り続けられているイマイさんの耳や頭はおかしくならないのだろうか。

作業が終わり、帰り際、橋の下のイマイさんの前を通ると、イマイさんは脚のついた豪華なカクテルグラスのような器に、ペットボトルのお茶を入れて、にこやかにタバコを吸いながら、コンクリートに背を持たせて座っている。
「どうもありがとうございます!」
と頭を下げながら挨拶をしたが、削岩機の轟音に僕の声はかき消されてしまった。イマイさんは、目で頷いたように見えた。

「アルギンZもらったよ」
と僕が言うと、バイトくんは
「僕はファンタでした」
イマイさん、ありがとう。

0 件のコメント:

コメントを投稿